映画『アイリッシュマン』のデ・ニーロたちは、こうして若々しく生まれ変わった

映画『アイリッシュマン』のデ・ニーロたちは、こうして若々しく生まれ変わった

マーティン・スコセッシ監督が手がけたNetflix映画『アイリッシュマン』では、ロバート・デ・ニーロをはじめとする俳優陣が50年という長い期間を代役なしで演じて話題になった。俳優たちをコンピューター処理で若返らせるディエイジングを実現させたのが、VFXスタジオ「Industrial Light & Magic(ILM)」が手がけたシステム「FLUX」だ。ほんの数クリックで画面上の俳優たちが若返る驚きの技術は、いかにつくられたのか。VFX監督のパブロ・ヘルマンやスコセッシなどの関係者が語った。

The Irishman

Netflix映画『アイリッシュマン』(Netflixで独占配信中)で使われたディエイジング技術の開発には2年の月日を要した。その倍の時間をかけてようやく映画は完成した。PHOTOGRAPH BY NETFLIX

「ちょっと頼みたいことがあるんだ」と、マーティン・スコセッシは言った。正確には、ちょっとどころではない。かなり金のかかる相談ごとだった。というのも、ロバート・デ・ニーロを若かりしころの姿に戻してほしいというのだ。

スコセッシが2015年秋、『沈黙-サイレンス』の撮影にかかりきりになっていたころである。彼は台湾のあるレストランで、制作会社インダストリアル・ライト&マジック(ILM)の古参VFX監督であるパブロ・ヘルマンと、感謝祭の夕食をともにしていた。スコセッシは当時、フランク・シナトラの生涯を描いた作品の準備をしており、ある人物の人生のあらゆる場面をひとりの俳優に演じさせるにはどうすればいいか、ヘルマンとあれこれ語り合っていたのだ。

「好奇心旺盛な彼はわたしに言いました。『その話、詳しく聞かせてくれないか』とね」

プレシディオの公園を見下ろすILMのサンフランシスコオフィスでの最初のミーティングを振り返って、ヘルマンは語る。「若返りの技術について話し合いました。すると彼はこう言ったんです。『決めたよ。シナトラはやめる。別の作品でその手を使おう』と」

その「別の作品」というのが、『アイリッシュマン』だった。マフィアのヒットマンと噂された男、フランク・シーランを描いたチャールズ・ブラントのノンフィクション小説『I Heard You Paint Houses』(邦題 『アイリッシュマン』)の数十年にわたる物語を、Netflixが映像化した3時間半に及ぶ作品だ。

スコセッシから送られてきた170ページほどの脚本を、ヘルマンはひと晩で読んでしまったという。そのときのことを彼はこう話す。「『沈黙』の撮影を翌朝に控えていました。彼に会うなり言いましたよ。『その話、乗ったよ』とね」

探求の日々の始まり

それがヘルマンの4年にわたる探求の日々の始まりだった。ハリウッドスターたちを老けさせたり若返らせたりする方法を、新たに編み出さなければならなくなったのだ。

この数年、画面のなかの人物を若返らせる「ディエイジング」と呼ばれる技術の開発競争が激化している。かつて映画会社からVFX会社への依頼といえば、顔のシワを目立たなくしたり、メイク崩れを修正したりといったささいな手直しばかりだった。ところがコンピューターの高速化やソフトウェアの進化に伴い、もっと本格的な若返りが可能だと認識されてきたのだ。

2008年に公開されたデヴィッド・フィンチャー監督の映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』では、「Mova」というカメラシステムが使われた。主演のブラッド・ピットの表情を、取り囲む何台ものカメラで捉えて顔のあらゆる動きのデータを集めてデジタル加工して、本人より老けた、あるいは若い人物像をつくり上げる仕組みだ。『ベンジャミン・バトン』の場合、主人公が年をとるごとに外見が若くなっていく設定だったため、ブラッド・ピットに求められたのは若返ると言うより「年齢を逆に重ねる」という変わり方だった。


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